“愛しみ”は底なし沼

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翼は10時にはまだ早いが、早々と会議室へ向かった。 翼がこの一時間程で分かった事は、室長はほとんど室長室には居ないということ。 あんな一面があるのに、世間では空間アートディレクターとして売れっ子の日々を送っている。 あの気まずい室長の告白を聞いた後、室長はこの会議室で会おうと言って、室長室を後にした。 翼は女子トイレの洗面ルームでしばらく時間を潰した。 何もする事がないというのは、本当に苦痛だ。 鏡に映る自分を見ながら、そんな事を考えてため息をついた。 私のこの髪形… まだ精神状態が不安定な翼は、鏡に映る自分を見ると毎回凹んでしまう。 あんなに長かった髪を失恋の痛手のせいで、何も考えずにバッサリと切った。 気持ちを入れ替えるつもりだったのに、鏡に映る別人になった自分を見る度に、和成の事を思い出す。 梅雨が明ける頃、東京に行ったばかりの和成が、突然大阪に帰って来た。 和成は悪びれる様子もなく、簡単に別れようと言った。 新しい職場で、入社前から一緒に研修を受けていた女の子を好きになったという。 どうやらその女の子も和成の事を想っていたらしく、すぐさま私に別れを言いに来た。 決して大人しい性格ではない私は、和成に随分ひどい事を言った。 ただただ何も言わずに黙って耐えた和成は、次の日、東京へ帰って行った。 それから先のの和成は、見事な程に徹底していた。 私からの電話もメールもLINEも全てスルーした。 8月のある日、東京に転勤が決まった私は研修を兼ねて東京へ来た。 和成の住んでいるマンションを訪ねてみたが、そこにはもう和成はいなかった。 立ち直れないのもしょうがないよ… 私の中では、何も整理できていないのに…
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