“愛しみ”は底なし沼

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翼の歓迎会は、序盤から最悪だった。 思いの外、室長は早い時間に顔を出した。 ちょうど幹事の別府さんが歓迎の挨拶をしているところに、無表情の室長はやって来た。 グレーの細身のパンツに白いシャツ、ちょっと伸びた髪は後ろに流し胸元はルーズにボタンを外している。 誰にも文句は言わせない程の、完全なイケメンスタイルだ。 その能面のようなお顔さえなかったら… 有り難い事に桜井さんは別府さんにだけは、室長の参加を教えていた。 少々動揺しながら自分の挨拶は手短に済ませ、室長を上座の席に通した。 というより、皆好きな場所に座っていたために、一番隅っこの席しか空いてなかった。 翼は室長から皆に伝えててと言われていた事を、何一つ伝えていない。 だって、言えるはずがない、私の隣しか座りたくないなんて… 室長の登場に皆がざわつき始める。 まるで、恐怖の大魔王が平和な世界に舞い降りたみたいに… 室長は別府さんの言う事を完全に無視して、翼の方へ歩いてくる。 翼の隣には桜井さんと翼にとっては初対面の男性社員が座っていた。 まだ、宴も始まったばかりで、その男性とはお互いの自己紹介すらしていない。 普通の30歳前の男の人は絶対にしないだろう。 常識ある大人は絶対にしない事を、室長は翼が関われば平然と悪びれる事なくやってのける。 「おい、そこどけ。 そこは俺の席なんだ」
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