“愛しみ”は底なし沼

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一瞬静まり返った後、ヒューヒューと城と翼を冷やかす声が飛び交った。 翼は恥ずかしそうに俯き、首元から耳にかけて真っ赤になっている。 城は冷やかしている連中を一瞥した後、口元に人差し指を当ててシッと言った。 城の不可解な行動は、もう一度、皆を静まり返す。 感情の起伏がない、笑った顔も見た事がない、何を楽しみに生きているのか分からない、そんな謎だらけの男がこの場に居る事自体が奇跡で、そんな男が新人の小牧翼に入れ込んでいる事実は、あらゆる面でここにいる皆を黙らせた。 城は翼の隣に座ると、まず、翼が何を飲んでいるかチェックする。 もう乾杯は終わったらしく、皆それぞれ飲み物を手にしていた。 翼はビールを飲んでいる。 それも、もうグラスの中に三分の一も残っていない。 「室長、何を飲まれますか?」 翼の向こう側から桜井さんがそう聞いてきた。 「じゃ、俺もビールで」 すると、翼は残っていたビールを一気に飲み干した。 「桜井さん、私もビールお願いします」 城は翼に対しての心配が頂点に達している。 相当酒癖が悪いのを知っているせいで、それが一体どれ位の量からなのかが全く見当がつかない。 俺が、今日、この歓迎会に参加すると決めたのはこのせいだ。 もし、翼が酔っ払ったら、その時は俺が介抱する。 あんな無防備な翼を他の連中に見せたくないし、その前に酒を飲ませないようにしなければ。 心配し過ぎて俺の方が、先に潰れそうだよ…
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