“愛しみ”は底なし沼

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翼は、室長が隣にいるせいで、他の皆とあまり話せなかった。 室長はただそこに座って飲んでいるだけで、挨拶に来る人達に興味を示す事はない。 ただ私の隣で黙々と飲むだけだ。 私が席を立とうとすれば、小さな声で行くなと言った。 そんな室長の隣に座る私の元へ、結局、最後の方は誰も来なかった。 室長の事は嫌いじゃない… でも、極端すぎる室長の性格にやっぱり中々慣れない。 私の事を想ってくれているのは分かるけれど、新しい職場に馴染むための大切な時期に、室長のその気持ちは重かった。 翼は終盤にかけて飲むスピードが確実に早まっている。 潰れるまでは飲まないけど、でも、飲まなきゃやってられない… だって、今のこの空間には、私と室長以外は誰もいないから… 結局、翼と城は、二次会に声をかけられる事はなかった。 「帰るぞ」 皆がそそくさと城達の前から居なくなった後に、城は翼の方を見てそう声をかけた。 鈍感な城でも、翼が落ち込んでいるのはよく分かる。 でも、何に落ち込んでいるのかは、そこは全く見当がつかない。 まだ、修行が必要だ… 城がタクシーを待っていると、翼が遠くから叫んだ。 「私は電車で帰るので、先に帰りますね。 お疲れ様でした…」 城が何かを言いかけた時は、もう翼は後ろを向いて歩き出していた。
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