3 春過ぎて

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「ユリ最近の調子はどうだ」  母がトーストを焼く間父は聞いてきた。張りのない声。 「だいぶよくなってきた」 「そうか、今年は大学に受かってくれよ。クリニックに行く金もあんまないからな」 「うん」 久しぶりで話の意図をつかめない。母は出来上がったトーストを皿に分け運んできた。 「だけど急に何でこんなことになったのだ。」  バターを塗っていると父は不機嫌な口調で問うた。 「わからない」 「わからないわけないだろ。おまえ自身ことはおまえ自身がよくわかっているのだろう」 「なんでそんな風に分かったことをいうの」 「ユリ、おまえのことだから自分で分かっているのだろ。こんなにも金をかけて」 「ユリ!」  母の制止を振り切って立ち上がった。 「なんでお父さんは家に帰ってこないの!」 「仕事が忙しいからだろ」 「それで娘の入学式を休んだりしていいの」 「大人にはやらなくてはいけないことがあるの」 母の擁護がユリの心に刺さる。 「それで出てこないの? ミカだって高校入学を寂しい思いをさせてしまってどうも思わないの?」 「大人になれば――」 「大人になるのがそんなに偉いの? 私たちがどんな寂しい思いをしてきたのかわかって?」 「いい加減にしろ!」 「いい加減にしてきたのはお父さんでしょ。痴呆症の老人が娘を飲むようになったのは誰のせいなの」 「それは――」  父と母の合わさった口調にユリはバターを塗っている途中のトーストを床に叩きつけた。 「私はもっと、お父さんとお母さんと話をしたかった」  ポケットに入れてあった薬を床にぶちまけ居間を出た。父の怒号が背中に刺さるが家を出た。雨風が強いがあてもなく歩いた。
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