April fool

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「君は、ヴァージニア・ウルフじゃない」 セイタカアワダチソウをさわさわと揺らす風は、思春期に感情を留め置かれた四十女の溜息よろしく、清涼な水色をしていた。 今、川沿いをゆっくり歩いている。 ヴァージニアがコートのポケットに詰めた石が、私の心臓の底に存在していることを確信しながら。 甘利さんの発した言葉を思い出した。 「君は、ヴァージニア・ウルフじゃない」 アスファルトと草の境目にしゃがみ、ポケットからライターを出した。 火をつける。 消す。 火をつける。 消す。 ずっと、ヴァージニアがウーズ川に入水したのを、冬だと思ってた。実際には、春だ。三月の終わりだったらしい。 ちょうど、今頃の季節だ。 一本タバコを吸った。煙がセイタカアワダチソウの茎に分け入り、もやのようにふやけ、やがて消失していくのをあまりにも呆然として見ている。 残りの本数を数えた。九本……。今日だけで、もう十一本も吸ったのか。 川沿いに何か見えた。 目を凝らす。 猫だ。 生きていなかった。   セイタカアワダチソウをかき分けて、土手を降りる。草が顔に当たり、かゆい。猫の遺体は、半分骨になっていた。なきがらの横を、転がり落ちるように通り越える。 水が、私の身体を認識し、私の身体を吸引した。 今も忘れない。 彼の全てを。 腹立たしいほどに忘れる方法が分からない。 甘利さんは、言った。 君は笑顔がかわいいと。 君は明るい子だと。 君は面白い子だと。 君は他の子とは違うと。 君はヴァージニア・ウルフじゃないと。 全てが台無しになるということは、全てが最初からなかったことになるということなのだろうか。約束も、他愛ない冗談も、傍若を亡き者にするほどの傲慢も。 川の真ん中で、立ち尽くした。 腰までしか、水位がなかった。 コートのポケットにはもう使い物にならないだろうライターとタバコしか入っていない。 石を詰めるのを、失念していた。 私たちの台無しな時間は、この小さな川の水に溶け出され、やがて、海へとたどり着くのだろうか。 水色ではなく、深い藍へと、参着するのだろうか。      
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