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 創業三十二年を数える『トキタ惣菜店』は、逸也が生まれた年に開店した。  両親ふたりで切り盛りしていた店だったが、体の弱かった母親は逸也が大学生のときに亡くなり、それからは父親がひとりで頑張っていた。しかし三年前、父親に余命宣告をされるほど進行した病気が見つかった。  当時の逸也は都心に住む大手飲料メーカーの営業マンで、仕事にやりがいを感じていたし結婚二年目の妻もいる身だった。 「逸也は俺と違って頭の出来がいいんだから、いい大学に入って大企業に勤めてさ、将来は経済を動かすような人になってくれよ。こんな小さな店に縛られてよ、小さな町で一生終えるような人生にはすんなよ」  父親の口癖どおりの人生を送り始めた矢先の出来事に、逸也は悩みに悩んだ。  確かにトキタ惣菜店は、寂れた商店街の小さな店だ。華やかさも立派な業績もない。けれども自分はこの町でこの惣菜で育ってここにいる。海外旅行をして日本の良さを知るように、離れて初めて実家や家業がなによりも大切なものだという想いが逸也の中で大きくなっていった。  けれどもそんな気持ちは逸也ひとりだけのもので、都会生まれのお嬢様だった妻に理解を求めたのは間違いだった。
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