「こんにちは、あの人が愛した周縁の街の朝焼け。」

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 埼玉の西の果ての梅宮市の西の果てに八猿湖(やざるこ)という天然湖があって、1998年にクラゲが大量発生するという不可解極まりない事件が勃発して以来、未だに湖面を覗くとプカリプカリと浮かぶクラゲが見れたりする。  1998年、当時世間では山に住処を無くしたヤマンバが渋谷に出現し、喋るはずのない団子が歌を歌い出し、赤いパンツの伝説の巨人レスラーが星となり、ハングリースパイダーはお腹をすかせ、あらぬ薬を食べてしまう、などなど、つまりは結局ノストラダムスのせいで来る世界の終わりにてんやわんやとなっていたところで、埼玉の西の果ての街の湖にクラゲが大量発生した事案に賢明な大人達の、その誰もが食いつく余裕はなく、せいぜい僕と僕の周りの級友達の日常を彩る密かなニュースレベルなもんだった。 いやしかし、と思う。 歳を重ね、改めて冷静に、静かな湖面の中を優雅に浮かぶ透明なクラゲの姿を見ると、事は思ったよりも重大なんじゃないかという気もする。 はて、クラゲという生き物は湖に生息する事が出来たのだろうか? いや、こいつらの住処は海だったはずだ。 この湖の水の中に塩でも含まれているのだろうか。 もしかして実はこの湖と海が地下で繋がっていて、海水が流れ込んできてるんじゃないか?だとか、そもそも、この水に浮かんでいるのはクラゲなどという生物ではなく、何か他の生物、もしくはビニール袋、はたまた何か他の生物のお化け、もしくはビニール袋のお化けなんじゃないかだとか、様々な推測、憶測、仮説が頭をよぎるけれど、静かな湖面の中を優雅に浮かぶ透明なクラゲの姿を見てると、そんなのは些末な事なんですよと、ゆらりゆらりと脳みそが溶けていき、結局はどうでも良いような気にさせてくれるから、ああやっぱりこいつらはクラゲで間違いなさそうだと一人で納得した。  そういえばかつて君はこの湖を心のオアシスであると、そんなことを言っていたような気がする。 気がするだけで、本当はそんなことは言っていなかったのだろうか、でもまあ、それも些末なことですよとクラゲに言われた気がしたから、少しムッとして、それは些末な事じゃないんだよと心の中で言い返した、気がした。
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