「こんにちは、あの人が愛した周縁の街の朝焼け。」

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 「湖に行かないか?」と君に言われたから行く事にした。 あれは確か八月のとある日だったように思う。 朝起きたときから、暑いな、まるで夏みたいだなと寝ぼけ眼で窓の外を見つめたのは覚えてる。 君が八猿湖に行きたいなんて珍しいなと思った。 湖に行きたいっていうことが珍しいってことじゃなく、湖に行くとしたら、君はもっぱら人工湖派で天然湖はどこか避けがちであり、その避けがちの天然湖に行きたいなんて珍しいというわけでも勿論なく、「何処か」に、この街の、いやこの世界の「何処か」に君が行きたいなんて珍しいって話だ。  何故に八猿湖なのか、僕の理解出来る理由はきっとないんだろう。 君の事だから当時やっていたドラマのロケ地としてその八猿湖が使われていたということ、そのロケ地へ赴きあのドラマの世界をその肌で感じたいなんてことは、まずない。 だって君の家にはテレビがないから。 いやあるにはある。 あるにはあるけれどそのテレビは映像を映さない。 映像を映さないというか電源が入らない。 電源が入らないから壊れたテレビの代名詞”砂嵐”さえ映さない、そのテレビは君のお父さんが拾ってきた粗大ゴミでしかないから。 にも関わらず君はそのテレビで板東英二が草野球していたところを見たという。 やけに具体的で生々しいなと思ったけれど、そんな番組はまずない、いや具体的で生々しいということは十分ありそうである。ありそうではあるけれど絶対に見ようとは思わない、見ようとは思わないけれど、僕の好みで世界は創られていないから、そんな番組があってもおかしくはない。 でも君の家のテレビがお父さんが拾ってきた粗大ゴミである事実に違いはないから板東英二が草野球する番組を君が見る筈がない。
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