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「夢じゃ食べてけないよ。現実みなきゃ現実を」  歯噛みするほど悔しいが、いつまでも後悔していたって仕方がない。  とりあえず今は、なにがなんでもこの男の口を黙らせたい。 「夢じゃねぇよ、やりたいことだよ」  顎を上げて眉間にしわを寄せ、見下すような目つきで睨みつけ、相手から視線をそらしてはならない。声は低く抑え気味にして地を這うように。  突き放すような言い方に、鈴木の薄笑いは影をひそめた。  くだらない虚勢にすぎないが、便利だ。  鈴木の困惑は、一度媚びに転じた。 「か、風待くん……怒って……るの?」 「……がたがた、うるせぇんだよ」 「な、なに、なにさ、急に……意味わかんないよ……」 「……」   風待が目を細めると、鈴木はぐっと黙り込んだ。  虚勢の張り方には少々だが心得がある。  個性に関わることなのであまり認めたくないところだが、まんざら才能が無いこともないらしい。  ポーズとセリフはありきたりのものでいい。  創造力は必要ない。自分の言葉で喋るとボロが出やすい。言葉数はなるべく少なく。質問に答えで返してやるような親切なことをわざわざしてやらなくてもいい。  理屈で言い負かすわけではないので意味は通らなくたって構わない。意味よりも言い方の方が大事だ。言い方で意味などいくらでも変わる。  同じくらい重要なのが間だ。ポーズとセリフで追い込んでおいて、わざと間を開ける。 その間が長いほど相手は罪悪感にも似た居心地の悪さを感じるようになる。  大抵の人間がそれだけで想像を広げていく。  こいつは、悪そうだ。  こいつは、危なそうだ。  こいつに関わったら、やばいことになりそうだ。  固定化されたイメージがこちらに都合の良い連想を喚起する。日常や虚構を通して植えつけられた先入観を刺激してやれば、勝手に安直なドラマを構築してくれるのだ。  一方、思考は硬直する。その一瞬は必ず体に現れる。目線、口の開け方、体の揺れ……。困惑から恐怖へ、そして思考停止へと変わっていくのが見られれば、それで終わりだ。  鈴木は大抵の口だったようで、ぎゅっと体をこわばらせた後、もごもごと口を動かしたが言葉にはならず、再び媚びるような半笑で風待の顔色をうかがった。 『最後の最後までつまらねぇ男だ』
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