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朝だ。大聖堂の扉が開く。
白装束に身を固めた集団が、仰ぎ見るほど高い天井のもとに集い作業がはじまる。
皆やることはわかっている。誰が指示を出すわけでもなく、黙々と持ち場にちらばってゆく。
慣れてしまえば眼鏡のあるなし、体格、仕草などから見分けられるが、白いマスクに個性は薄められている。
風待は個性を信じない。
皆と同じ白い服を着て、帽子をかぶってマスクで顔を隠すとほんわりと安心感につつまれる。情けないが、それが本音だ。
本番の仕事に取り掛かる前に、流れを作らなければならない。
各々の持ち場で積み木が積みあがるように流れができあがってゆく。
風待は流れの末端部分を任されている。上流から中流はプロの領域だ。 何の蓄積もないアルバイトの風待には手は出せない。
作業台を拭きあげて、必要な資材を用意する。
すべては流れなので、末端部分の用意が完璧に出来上がる前に上流部分はすでに動き始めている。
ステンレス製の大扉。
本物の大聖堂など風待は見たこともないが、この扉が開く時、いつも厳かな気持ちになる。
ここに来て八か月、人にも仕事にも場所にも慣れた。
扉が開くと次第に濃くなってゆく甘ったるい匂いにも慣れた。
だが、この気持ちだけには慣れることはなかった。
いつも新鮮で、厳粛に一日の始まりを告げる。
扉が開いても天使は現れない。
天井から吊るされて現れるのは、頭と四肢を落とされ、皮をはがれ、内臓をきれいに取り除かれ、背骨から左右に裂かれた牛だ。
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