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恋する乙女のおまじない。
今宵、夢にて逢いましょう。
どうかどうか、愛しいあの人に逢えますように。
古今東西、恋する乙女は「夢の中で意中の人に逢いたい」というささやかな夢を見ている。いや、恋する者はすべからく「せめて夢の中では恋人になりたい」と一度は考えるはずだ。
ヴェルトラント皇国天涯騎士団に所属するフランセスカ・モレノも、密かに想い慕う殿方の夢を見たいと思っていた。
騎士として使命に生きる女に恋愛は無縁であっても、夢の中ではすべてが自由だ。敵対する国の王子と姫の禁断の恋物語や、魔王に攫われた神子姫を颯爽と救いに来る勇者との恋物語を自分たちに置き換えたとしても、誰に迷惑をかけるわけではない。
しかし都合のいい夢を見ることはそう叶わず、夢に出てきてくれるように祈っても簡単には成功しなかった。巷で噂の恋まじないは一通り試してみたが効果はない。極東の国では自分のことを愛しく想う者が夢に出てくると言い伝えられているらしい。しかし直接話もしたことのない彼がフランセスカのことを想うなど間違ってもない。
だから今見ている夢も、いつものように思い通りにいかないのだと諦め半分でいたのだが。
「な、何で! どうして隊長が」
思わず声を上げたフランセスカの目の前には微睡む男が一人。彼女の想い人である遊撃隊長アーゼント・ベルクロウが簡易の寝台の上に横たわっていた。日に焼けた隆々たる肉体美を惜しげもなく晒しており、どうやら寝ている設定らしい。
「待って、落ち着きなさいフランセスカ。と、とりあえず深呼吸」
意味もなく深呼吸をしながらも、フランセスカの目は規則正しく上下する彼の厚い胸の辺りをさまよった。
「夢、よね? 」
フランセスカが立っている場所は見慣れた野営天幕の中だ。隊長用の天幕なのか若干広めに造られている。しかし彼の姿がこれは現実ではないということを示していた。
なぜならば、お互い別の部隊に所属している為、現実にはほとんど接点などないのだ。さらに言えば、フランセスカは女性寮の自分の部屋で寝ていたはずだった。
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