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本堂の屋根裏に住み着いている小鬼が、風邪をひいたらしい。
ゼェゼェ、ゴホンゴホンと苦しそうな息づかいと咳が聞こえてきた。
小鬼は母がまだ幼く、祖父が生きていたころ、近所にある田んぼに足をすべらせ怪我をしていたのを助けてやったそうだ。私は会ったことがなかった。母から存在を知らされただけだった。
しかし、声だけでも苦しそうだ。このままでは治るのに時間がかかるであろうし、もしかしたら死んでしまうかもしれない。住ませてやっている側として、私はとくになにもしていないけれども、そのままにはしておけないと感じた。
御仏の使いでもあるまいに、情けなどかけぬともよいと言われればそれまでだが、母はどうするつもりなのか訊いてみようと、台所へ行ってみた。
つん、と嗅いだことのない漢方薬のような、雑草のような、燻煙されたような鼻をねっとりとおおうような臭気が台所に充満していた。
母はコンロに大きな鍋をかけて、グツグツとなにかを煮込んでいる。においは、鍋の中のものからしてくるようだった。
「母さん」
呼び掛けると、母は振り返り「おはようじゃないでしょう、もうお昼よ」と言った。
強烈なにおいのなか、母はいつもと変わらない。マスクなどもしていない。
「あのさ、本堂に……」
「知ってるわよ。今ごろ気がついたの?」
鈍いわねえ、と母はクスクス笑った。のけ者にされたような、ばかにされたような気分になって悔しくなった。さっきまで、私になにかできることはないだろうか、なんて考えていたのが一気に冷めてしまった。
「もういい、母さんの意地悪」
小さい子どもみたいにへそを曲げた私が、台所から出ていこうとすると、母が「本堂に行って、これを置いてきて」と私に向かって、碗を差し出した。
どろどろとしていて、茶色くて、焦げ付いた葛湯のようなものが入っていた。
「ドラッグストアの薬じゃ効かないのよ、あなたのことだから、人間とおなじものを飲ませればいいって、思っていたんじゃないの?」
思い当たるような当たらないような、どちらにしろお前は配慮に欠けると、母は私にほのめかしているようだった。
悔しくて、唇をぐっと噛んだ。
「そんな渋い顔をしないで、早く」
私は無言で碗を受け取り、なるべく鼻で呼吸しないようにしながら、本堂へ向かった。
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