かぜをひいたおに

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 本堂には、子供用のちいさな布団が敷かれていた。  そのなかに赤い肌をし、苦しそうに目を閉じてうなされている、小学校低学年ぐらいの背丈をした生き物が寝ていた。  眉は太くふさふさとしており、睫毛もふさふさと生えている。額には象牙のような薄いベージュの角が生えていて先端はとがっており、触ると痛そうだった。  恐る恐る頬に触れてみると、やけどしそうに熱かった。だいぶ熱があるらしい。そういえば、本堂がほんのりと温かい。壁にそって置かれた大型のエアコンから、温風が出ている。いつもはしんと冷えていて、身が引き締まる場所だが、今日は小鬼のために母が暖房をつけたのだろうか。 「はい、薬。母さんからだよ」  れんげで碗の中身をすくい、うなっている口へと注いでみた。  こんなもの、本当に飲んでくれるのだろうか。  疑っていたが、私の思い込みとは反対にれんげからすべらせた液体は、小鬼の口にするりと入って行く。  うなりつつも、小鬼はごくごくとそれを飲んだ。  噎せもしなければ、嫌がりもしない。飲みなれているのだろうか。  においだけだと、いかにも苦そうな感じがする液体なのに。 「こんなものより、風邪薬のほうがきくと思うけれど、どうなの?」  問いかけてみたが、小鬼からは答えがない。当たり前か。熱にうなされているなら、  れんげは碗と口元を往復し、あっというまに空っぽになってしまった。飲み干したあとは、心なしか小鬼の表情がやわらいだような気がした。  「……おだいじにね」  本堂を出るとき、小さく呼び掛けて出ようとすると、後ろから「……あ、あがとう」と聞こえた。  嗄れた、老人のような声だった。  空になった碗を母に渡し、 この薬はいったい、なにからできているのかと訊くと、「時期が来たら教えてあげる」と、かわされてしまった。  台所のにおいはまだ消えず、こびりついているように思えた。  夕方、戸締まりをしに再び本堂へ行くと布団は片付けられていて、小鬼の姿もなかった。  そのかわり、屋根裏でばたばた、がたがたと騒ぐ音が聞こえた。  小鬼を見たのはあれが、最初で最後である。  もう二十年も、昔のことなのに私はいつまでも、記憶から消え去らない小鬼にもういちど会いたいと思ってしまう。  立春の前日、豆まきをする子供たちの愉快な声が聞こえるたびに。
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