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「『まじめ』と『うふふ』と『あはは』の三種類」
「なにそれ」
アスカさんは、「あはは」と笑う。懐中電灯に薄く照らされた彼女のその顔を見て、僕は、ああ、それが「あはは」の顔か、と思った。それに僕は「うふふ」も知ってる。かすかに微笑んでいる、いつもの顔だ。
それと「まじめ」は多分、塾にいる時や、親御さんに叱られるときの顔だろうな、と思った。
アスカさんは語った。
「私、小さいときから、笑ったりとか泣いたりとか、うまくできなかったんだ。だから、鏡の前で練習して、なんとか笑顔だけは作れるようになったの。おかげで、『お人形さん』だなんておだてられるようになったわ」
「それで?」
「……私、『お人形さん』って呼ばれるの、好きじゃなかったんだ。表情の練習も、なんだか余計自分がお人形みたいに思えて、やめちゃった。だから三種類だけなの」
アスカさんは「まじめ」な顔になっていた。……僕は、少し間をおいて、こう言った。
「……じゃ、僕と似たようなモンだね」
「どういう意味?」
「人形になりたくなくて逃げてきた。僕も似たようなモンだよ」
僕は立ち上がった。そして、アスカさんの顔をしっかり見て言った。
「行こう」
アスカさんが、小さく頷いて「うん」と言った。
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