「エスケイパー」

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「エスケイパー」

 僕は、冷たい冬の風を、本物そっくりの人工皮膚で感じながら、そこに立っている。隣には髪が長くて綺麗な女の子がいて、その髪が風に揺れている。……ここは朽ち果てたビルの屋上。そこから僕らは二人きり、檻の中では見れない電線や電柱といったものや、遠くの空に見える赤い太陽の煌めきなんかを眺めていた。 「……帰ろう」 僕は彼女に、手を差し伸べて言った。すると彼女は僕の方を見る。彼女は微笑んでいたけども、心なしか、悲しげな顔に見えた。  僕、イルカは、人造人間、アンドロイドとしてこの世に生まれた。  僕が生まれた街は、たいへん広いけども、大きな黒い壁……ここでは僕はあえて、「檻」と呼ぶことにする……で覆われていて、そこに住む人たちはみんな、その檻の外へは一歩だって出ようとしない。それは僕が生まれるずっと前から変わらないことだ。どうしてそういうことになっているのかは、僕には分からないが、ただとにかく、うん百年も昔から、人間は檻の中に引きこもってしまっていて、外に出ちゃあいけないと聞かされて育ってきたのである。     
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