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一本だけ植わっている、電信柱ほどの太さの幹の葉桜から少し離れて、青々とした芝生の上に寝転んでいたのは、隣のクラスの赤羽奈々だった。
歩み寄ってきたものの、黒澤は、声をかけるべきかどうか迷った。
顔と名前がどうにか一致するくらいで、話したこともない相手だったからためらってしまったということも、もちろん理由としてはある。
しかしそれ以前に、赤羽が、どう見ても眠っているだけにしか思えなかったからだ。
桜の根元のほうにつむじを向けて、グラウンドを臨むように身体を横向きにして、両手は揃えて左頬の下に敷かれている。
特別青白くもない顔に、色素の薄い長い髪の毛が数本かかっている。
うっすらとひらいたプラム色の唇から断続的に吐かれる息が、そこに生えた雑草を規則的に揺らしていた。
具合が悪くなってそこで動けないでいるっていうのなら、何をおいても、それこそ自分の靴の所在なんか放っても、先生に報せなければいけない。
黒澤は純粋な親切心から、その時はまだ正体を知らなかった女生徒のもとにスタスタと近づいて行った。
保健の先生はまだいるはずだし、適した処置をほどこしてくれるだろう。
急を要するようだったら、それよりも先にスマートフォンで救急車を呼んでしまったほうがいいのかもしれない。
まずは確認を、と実際にそばに行ってみれば、相手は気持ちよさそうにそこで寝息を立てていて、黒澤は絶句した。
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