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そのまま知らんぷりをすることはできた。
だけど、黒澤はその場に腰を下ろすことを選んだ。
教室を移動するために通りかかった際、隣のクラスの扉の奥にちらりと姿を見かける程度だった赤羽の、はじめて目にした寝顔があまりに無垢だったからだ。
犬か猫の子供みたいだ。
もしくは、あれだ、何だっけ、グリム童話の。
引き込まれるようにして、でも、腕を伸ばしてその前髪に指先がギリギリ届くか届かないかの距離の芝生の上に、黒澤はそっと座った。
体育座りをして自分の膝を抱き、足の指と指をこすり合わせるようにすると、ナイロン製のフットカバーがカサカサと乾いた音を立てた。
視線の少し遠くで、フォワードの蹴ったボールが、カーブを描いてゴールネットに突き刺さった。
*
目を覚ました赤羽は、いつのまにか自分の頭の先に男子生徒がひとり座っていたことに対して、驚くというより、不思議な気持ちになった。
自分に興味を抱くような人間は、もうこの学校にはいないと思っていた。
その男子生徒のことは知っていた。
同級生で、隣のクラスの中で、というより全クラスの中で見てもあまり目立つほうではない、確か黒澤省吾とかいう名前の男子だ。
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