たそがれ

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 体温で溢れる満員電車。常に妙な緊張感のある教室。気だるい六時限目の耳に、紙が擦れる音と身じろぎの音が引っ掛かる。  裕斗は教師の声を聞きながら頬杖をついた。横目でクラスメイト達をそれとなく見る。ざっと見て、ノートをきちんと取っているのは八割程。あとは机の影で端末を弄ったり、起きてはいるが手が止まっていたり、一人は堂々と机に突っ伏して眠っている。明るい茶髪の男子だ。  のんびりしてんなあ、と裕斗は欠伸を噛み殺した。これでいて、人間関係では徹底的に空気を読んで立ち回らなければいけないのだから大変だ。  裕斗が紀成里(きなさ)高校に入学して、半年が経つ。初対面の人達に馴染むのは内心緊張したが、裕斗はそれなりに上手くやってきたと思っている。  普段は気安く、ノリ良くつるむが、クラスが変われば縁が切れる程度の距離感を保つのにはもう慣れた。それなりに気心知れたクラスメイトも出来たし、昼食や組分け時に一人きりになって浮くこともない。特にやりたいこともないので、部活動は帰宅部だ。  このまま無難にやり過ごしていきたい。裕斗が高校生活に求めるのはそれだけだ。何事もなく、平穏に。  淡々とノートを取っていたら、不意にチャイムが鳴った。途端に教室がざわめきだす。  「よーし、じゃあ今日の授業はここまで。配った課題は次の授業でやるから忘れないように。お疲れー」  資料を持った教師と入れ替わりで、担任が入ってくる。特に大した知らせもないようで、ホームルームはあっさり終わった。  さて、俺も帰るか。スクールバッグに荷物をまとめていると、慣れた視線を感じた。顔を向けると、同じクラスの伊吹雅也だった。親しみのある笑顔でひらりと手を上げたので、裕斗も上げ返す。  「ヒロお疲れー。今日はこのまま帰り?」  「お疲れー。うん、そう。帰るよ。どうした?」  「今月空いてる日ある? 休み合わせてカラオケ行こうって話が出ててさ、裕斗はどうよ。今のところ、田辺と三好に声かけてる」  裕斗は顔を綻ばせた。  「行く行く! えーと、今月は土曜が全部と、来週は日曜が空いてる。平日はちょっと厳しいな」  「オッケー、じゃあ土日な。一日ガッツリ遊ぶか! ヒロも呼びたい奴いたら声かけてくれな」  「あーいよ。じゃあ俺そろそろ帰るわ。また来週。部活頑張って」  「ありがとよ、またなー」
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