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タクシーを拾い、予約していたホテルを告げた。
スマホを開けると、岡村からのメールが来ていた。
「明日のお昼、時間はあるか?」
岡村らしい、短い、質問文のカタチをしただけの『指令文』。
ノアの真摯な心に触れた後では、それはとても尊大で、傲慢で、自分勝手なものにしか思えなかった。
今まで、どうして自分は、こんな男の『都合の良い女』になどなっていたのだろう。
岡村とのセックスで感じた事など一度も無い
岡村は、いつだって一方的なセックスをするだけだったし、寧音は黙って目を閉じていただけだ。
心を固く閉ざしたまま・・・体の中に、岡村の一部の進入を許しても、心への進入を許したことは一度も無い。
岡村に限らず、過去のどんな男にも。
それは、男女の恋愛が当然だと思う人からは、不自然で異様なものに思われるだろう。
だけど、同性同士の場合、肌を重ねると、あからさまに、その体温と心の温度が伝わる。互いが満足出来ない事は、男女の行為よりも、明暗がはっきりと現われてしまう。
だからこそ、信じられるのだ。
性別を超えたところにあるものを・・・
寧音は、ダークピンクのタッチペンを取り出し、岡村への返信を入力した。
「さっき、好きな女性に抱かれました。とても幸せでした。もう、あなたに抱かれるのは嫌です。ごめんなさい、明日は逢えません。頂いたお金は、いつか返します」
送信。
タクシーの窓に広がるネオン街は明るすぎて、星も月も見えなかった。
だけど、寧音の心の中には、確かに、淡い光を放つ「ノア」という存在があった。
ノアの存在を知ってから、今までの時間、寧音は海面近くまで浮上していたのだ。
そこでみたものは、淡い優しい光の月だった。
この存在を、大切にしていこう・・・・・
また深海をはいずりまわるような生活が、続くとしても。
軽い音が、メールの到着を告げた。
岡村からだった。
「お金は返さなくていい。元気で」
14文字の返信で、「終わり。」
寧音は、スマホをバッグに入れると、うっすらと微笑んだ。
そして、再び深海へと沈んでいった。
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