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その予兆は、1本の電話だった。
幼なじみの水希から、20年ぶりに、電話がかかってきたのだ。
水希とは、結婚を機に、疎遠になっていた。
寧音が、3ヶ月という短い結婚生活に終止符を打つのと、水希の見合い結婚の時期が、運悪く重なってしまったのも、疎遠の原因だった。
寧音は、突然の電話に驚くと共に、これを機に、また友人関係が始ることを懸念していたが、近況報告をしているうちに、四半世紀を共に過ごした友人を懐かしいと思う気持ちになっていた。
水希は、離婚調停で揉めていて、いい弁護士を紹介して欲しいという内容だった。
離婚の原因は、言葉の暴力だった。
その事に、同情もした。
「寧音、岡村さんと親しかったでしょう?岡村さんなら、知り合いに、居ないかしら?」
そう言われて、寧音は、岡村の事を思い出した。
岡村は、寧音が19歳の夏から結婚するまで愛人関係にあった、元国会議員だ。
大好きだった先輩との関係は、先輩の大学進学で自然消滅した。
その気持ちを引きずりながら、寧音も大学へと進んだ。そこで、数人の男子学生と関係を持ったが、誰に対しても、心を響かせる事が出来なかった。
周囲の女子学生は、男性との恋愛に必死で、そこで初めて自分が『異端』だという事を知った。
孤独だった。
女性との恋愛も出来ず、同じ年齢の体目当ての「愛してる」を連呼する男子との恋愛にも絶望していた。
そんなある日、ゼミで何度か話をしたことのある女子学生に、国会議員のパーティーのコンパニオンのアルバイトをしないかと誘われた。
そこで、岡村に声をかけられたのだ。
最初は、本気にしなかった。
大人で、既婚者で、しかも国会議員が自分の事を好きになるはずがないと。
だけど、パーティーも終わりになった頃、岡村の秘書という人から「どうしても教えて下さい」と頼み込まれて、連絡先を教えてしまった。
すぐに連絡があり、行った事もない高級ホテルのレストランで食事をし、そのまま体の関係を持ってしまった。
寧音はただ、絶望していて、寂しかったのだ。
普通の恋人同士とは違う。
秘書の人から連絡があり、指定されたホテルに行く。
そして抱かれるだけ。
時に、食事をしたり、ああそう、何度か地方の出張にも同行した。こっそりと。
『不適切な関係』ではあったけれど、寧音にはちょうどいい温度だったのかもしれない。
約5年ほどの付き合いの間、揉めたことは一度も無いし、寧音の結婚が決まった時は喜んでくれたし、離婚した時は慰めに来てくれた。
だけど、「議員を辞めて、友人と会社を作る事にした」という電話を最後に、連絡が途絶えていた。
それだけの関係といえばそれだけだが、それだけだったから、連絡を取ることに、変な気遣いも無かった。
まだ、携帯の電話番号が生きているかどうかが、不安だったが、電話は奇跡的に繋がった。
寧音が水希のふいの電話に驚いたように、岡村も、寧音の電話にとても驚いていた。
そして、喜んでもくれた。
岡村は、すぐに弁護士を手配してくれ、
「折角だから、一度、逢わないか?」
と、言った。
寧音は了承した。
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