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指定されたシティホテルで、岡村と20数年ぶりに再会した。
岡村は、もともと、年齢の出にくい顔立ちではあったけれど、昔よりも若返ったかのようにはつらつとしていた。
議員職よりも、企業経営の方が、岡村には向いていたのだろう。
そして、みすぼらしい服装に、くたびれた肥満気味の中年女と化した寧音を、頭から足まで、なめ回すように眺めて、薄笑いを浮かべた。
「ほぅ・・・」
そのひと言が、寧音の心をえぐった。
わかってはいたけれど・・・
岡村は、シティホテルの最上階の高級中華料理の店で、ナマコとアワビとフカヒレと、北京ダッグをご馳走してくれた。
約20万円の会計を済ませた岡村は、寧音のバッグに、白い封筒を入れた。
「何?」
寧音が、取り出そうとすると、岡村が手を押さえた。
「帰ってから、開けて見ろ」
帰宅した寧音は、目の前に広がる狭いワンルームの無機質な部屋の風景に、さっきまでのスイートルームを思い出し、バッグをベッドの上にたたき付け、叫んだ。
隣の部屋の壁が、ゴンと鳴った。
肩で息をしながら、小さな淡水パールの、ピアスを外した。
それは、岡村が、中国に視察旅行をした時に、お土産としてくれたものだった。
今の自分は、その淡水パール以下の存在なのだと、寧音は思った。
一流企業を立ち上げ、社長を経て、会長職を務めている岡村は、終始、勝利に満ちていた。
それが、腹立たしかった。
寧音と出会った頃の岡村は、月給12万円という薄給で、私設議員秘書をしていて、いつも貧乏そうだった。
時間を気にしながら、安いラブホテルで「事」を終えると、割り勘でホテル代を支払った。
喫茶店で食事をすると、岡村が領収書を貰って会計をしていた。
冬でもコートを着る事無く、肘の所に革のパッチワークのついた、着古したツイードのジャケットをいつも着ていた。
その姿で、凍えそうな冬の早朝の街頭演説に立つ岡村に、ホットコーヒーとハンバーガーを差し入れた事もあった。
一緒に旅行をした事も無いし、高価なプレゼントを貰ったことも無い。
岡村に、寧音は何も求めなかった。
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