おぼろ月

3/6
32人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
指定されたシティホテルで、岡村と20数年ぶりに再会した。 岡村は、もともと、年齢の出にくい顔立ちではあったけれど、昔よりも若返ったかのようにはつらつとしていた。 議員職よりも、企業経営の方が、岡村には向いていたのだろう。 そして、みすぼらしい服装に、くたびれた肥満気味の中年女と化した寧音を、頭から足まで、なめ回すように眺めて、薄笑いを浮かべた。 「ほぅ・・・」 そのひと言が、寧音の心をえぐった。 わかってはいたけれど・・・ 岡村は、シティホテルの最上階の高級中華料理の店で、ナマコとアワビとフカヒレと、北京ダッグをご馳走してくれた。 約20万円の会計を済ませた岡村は、寧音のバッグに、白い封筒を入れた。 「何?」 寧音が、取り出そうとすると、岡村が手を押さえた。 「帰ってから、開けて見ろ」 帰宅した寧音は、目の前に広がる狭いワンルームの無機質な部屋の風景に、さっきまでのスイートルームを思い出し、バッグをベッドの上にたたき付け、叫んだ。 隣の部屋の壁が、ゴンと鳴った。 肩で息をしながら、小さな淡水パールの、ピアスを外した。 それは、岡村が、中国に視察旅行をした時に、お土産としてくれたものだった。 今の自分は、その淡水パール以下の存在なのだと、寧音は思った。 一流企業を立ち上げ、社長を経て、会長職を務めている岡村は、終始、勝利に満ちていた。 それが、腹立たしかった。 寧音と出会った頃の岡村は、月給12万円という薄給で、私設議員秘書をしていて、いつも貧乏そうだった。 時間を気にしながら、安いラブホテルで「事」を終えると、割り勘でホテル代を支払った。 喫茶店で食事をすると、岡村が領収書を貰って会計をしていた。 冬でもコートを着る事無く、肘の所に革のパッチワークのついた、着古したツイードのジャケットをいつも着ていた。 その姿で、凍えそうな冬の早朝の街頭演説に立つ岡村に、ホットコーヒーとハンバーガーを差し入れた事もあった。 一緒に旅行をした事も無いし、高価なプレゼントを貰ったことも無い。 岡村に、寧音は何も求めなかった。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!