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「いや、ちょっとびっくりしただけだし。今まで頑なだったのに急にそんなこと言うから」
「あ」
「え?」
気が付くと、彼の姿がない。
またいつものあれか。きょろきょろと辺りを見回すと、お、居た居た。座り込んで路地裏を凝視している。
今度は一体何を見つけたんだろう。
「猫じゃん」
「猫だね」
路地裏には、何かやたら太っている猫が座っていた。
…猫背だな。いや猫だから当たり前なんだけど。
そう思っていると、
「あいつデブで猫背だよね」
と、まるで俺の心を読んだみたいなことを言われてドキッとした。
「何か悪口みたいだな。そりゃ猫なんだから猫背だろ」
実にくだらない、中身のない会話だ。
しゃがんだままの彼はそっと猫に手を伸ばしてみるが、逃げられてしまった。
成績は良いのに馬鹿だなぁこいつ。
…あぁ、おもしろいな。
こいつといるこの時間が、好きだな。
ふと考えてしまった。
もしこいつに恋人ができたら、今度はその恋人と、こういう時間を共有するんだろうか。
毎日一緒に帰って、くだらない話をして、意味の分からない行動に振り回されたりして、発見を共有しあって…。
それは、今の俺の立ち位置だ。
その場所に、いつか別の誰かが入るのだろうか。
そうしたら、俺の居場所は…。
パンッ!
唐突に目の前で音がして、思わずビクッと肩を揺らした。
何事かと目を瞬いていると、目の前にはにやにやとした憎たらしい姿が。
顔の前で手を叩かれたのだ。
「猫だまし。だまされてやんの」
ふふふっ、とまるでいたずらが成功した子どもみたいな幼さで、彼は笑った。
本当に精神年齢は成長しないやつだな。
見事に猫だましを決められたからか分からないけれど、その日の帰り道、何故だか彼はいつも以上に上機嫌だった。
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