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プロローグ
ライラは夜の城を駆け抜ける。
腕の中に、この国で最も大切なものを抱きしめていた。
夜空には極彩色の花火が弾けては散り、そしてまた次が咲き開く。
花火が打ちあがる音が鼓動のように街に響き、祭りの喧騒と混じり合っていた。
妖精たちが歌って騒ぎ、誰も彼もが踊り狂う満月の夜、一つの影が城の尖塔に駆けあがる。
月と火花の明かりの下、ライラは夜の森を見下ろす。
ざわり、ざわりと温い風が木々を揺らして、まるで暗い海が手招いているようだ。
立ち止まり、息を詰める。
この先へ進んだら、もう、戻れないのだ。
その時、知らず力の込められた腕の中から、白い手が伸ばされた。
強張ったライラの頬を、優しく、愛おしむ柔らかさで指が滑る。
彼は耳元で囁いた。
「遠くへ……。どこまでも、僕を連れて行ってくれ」
ひと際大きな花火が空に打ちあがる。
爆音と妖精たちの歓声が響き渡る中、城の端で真っ逆さまに落ちる影があることに、誰一人気づく者はいなかった。
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