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彼の本名は知らない
水を吸って重い髪をタオルで拭きながらベッドへと向かった。
華奢な肩をさらしながら、マオは広いベッドにうつぶせになって眠っているようだった。
手元近くのシーツの上にスマホが放り出されている。
疲れているのだろう。
特定とはいえ複数の女性を相手にしているのだから、身がもたないのかもしれない。
そこまで思って、苦笑が漏れた。
その何人かいるうちの女の一人が自分だ。
ベッドの端に腰かけて、サイドテーブルからタバコをとりあげて、火をつけた。
メンソールの強い煙が肺を満たす。
細長い女性向けのタバコをさもスタイルのように吸っていたのは、いつ頃だったろう。
訳あってやめていたけれど、この時だけは、なぜか吸いたくなる。
ふうっと吐いた白い煙がくゆるようにして、天井に届く前に霧散した。
その煙を目で追いかけたその流れのまま、味気ない空間を見まわし、マオの横顔を見下ろした。
母性本能をくすぐらせる甘く透き通るようなマスク。
本名は知らない。
マオと名乗ったから、マオと呼んでいる。
Twitterだけのつながり。
彼の本当の年齢も住まいも趣味も、もちろんふだん何をしているのかも知らない。
知る必要なんてない。
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