「おはよ。」

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「おはよ。」

見慣れない天井が目に入る。俺はベッドからむくりと起き上がり、辺りを見渡す。 随分と殺風景な部屋だ。ベッドは簡易的なもので、マットレスは固く、ごつごつとした感触があった。棚の上にいくつか林檎が乗っている。窓辺でレースのカーテンが揺れている。 ??? 〈俺はベッドからむくりと起き上がり、辺りを見渡した〉 そんなことは不可能なはずだ。呼吸器を外せば、俺はあっという間に死んでしまう。 だが。 確かにひどく身体は重いが、少なくとも自分を支えられるだけの力はある。 一体どういうことだ? ベッドの脇に老女が立っていた。灰色の髪をばっさりと後ろで束ねている。飾り気のないブラウスに、ゆったりとしたパンツ。正確な年齢は分からないが、納得ずくで老いてきた経緯が伺える。 見覚えのある顔だ。 誰だったろう? 妻の親戚だろうか。 違う、そうじゃない。 次第に意識がはっきりしてきた。 俺はコールドスリープの契約書にサインしたんだった。 最早サインすることは不可能な身体だったので、正確には拇印だったが。 この老女は、俺の娘だ。
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