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ペンを握る。 ペンについたインクを、丁寧に拭き取る。保存状態はとても良い。60年の歳月を経ていることを考えれば、奇跡的なレベルだ。 インク瓶に、ペンをゆっくりと差し込む。ペンの先端から底の方まで、インクがしっかりと充填されていくのがわかる。 まっさらな原稿用紙の上でペンを滑らせる。抑揚の効いた線が原稿用紙の上で弧を描く。 ペンの動きにまかせるがまま、線を走らせる。それは次第にひとつの絵を構成していく。 これは何だ? ああそうだ。 これから語られるであろう物語のキャラクターだ。ひどく滑稽でいて、どこまでもシリアスな、俺の主人公。 悪くない。 線に意味が戻っている。 まったく、悪くない。 線それ自体が、作品を語っている。物語を伝えようとしている。これだ。これだこれだ。これが俺の漫画だ。俺の全てだ。 21世紀が終わろうとしている。 漫画なんてもう誰も読んでいない。 紙の本は死んだ。 自然を破壊するとして、法的規制の対象にすべきだという議論が真剣になされている。もう10年もすれば、紙の本は博物館でしか見られなくなるだろう。 だが、それがなんだ。 そんなことはどうだっていい。 大切なのは、線の重みだ。線の意味だ。 それが「存在すべき」線であるならば。 語られるべき物語がそこにあるならば、道はひとりでに現れるだろう。 線が導いてくれる。 あるべきところに。 娘が用意してくれた部屋の片隅で、時代遅れのペンを握りながら、俺は新たな時代を感じていた。
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