オン・ザ・キャンバス

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「ダブルノックダウン」とトレーナーは言った。「お前は相手の右アッパーをまともにくらい、同時に相手はお前の右フックをまともにくらった」   「…ドロー防衛、か」 「ああ」と言ってトレーナーは俺の手をはらった。 「向こうさんもまだ起きないらしい。リングドクターもあっちの控室とこっちをバタバタ行き来しとるよ。まさかこんなことになるなんてな。なぁ、夢のようだろ」と会長は微笑んだ。  リングで倒れていた時に相手の姿が見えなかったのは、奴も俺と同じように倒れていたからだったのだ。まさに、まさかの結果だ。  茫然自失の俺はまたベンチに腰掛け、壁にもたれかかった。ベルトを守れたことを誇るべきなのか、引き分けだろうが倒されたことを恥じるべきなのか、わからなかった。ようやく、顎や肋骨に鋭い痛みを感じた。しばらくそのまま動けなかった。  ふと、目の前に携帯電話が差し出された。長机の側にいた若いスタッフが俺の電話機を持ってきてくれのだ。 「鳴ってます。お母さんからみたいです」と彼は言った。  たしかに、液晶には“お母さん”と表示されていた。義母のことだ。  テレビ電話だった。受けると、病院のベッドで横になる嫁の姿が映し出された。傍らの小さなベッドには、産まれたばかりであろう赤ん坊がいた。 「ふたりとも、頑張りましたよ。疲れたのね。仲良く熟睡してます」と義母の呟く声が聴こえてきた。 「夢のようだ」と俺は言った。 「今までで一番いい笑顔だ」と会長は言った。「外にいる記者たちにも見せてやれ」 了
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