オン・ザ・キャンバス

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 弱者の仲間入りをした記念に今まで倒してきた奴らの顔を思い出そうとしたが、上手くいかなかった。殴られたせいで脳が働いていないのではなく、単に覚えていないのだ。  常に相手のことより自分の表情と客の反応を意識して戦ってきた。リングインする時の笑顔、相手のパンチを避けている時の笑顔、パンチを返している時の笑顔、相手を仕留めきった時の笑顔、試合後インタビューを受けている時の笑顔、すべて試合前にイメージした通りに実践できたし、イメージした通りに客を沸かせることができた。それがプロだ。絶対王者だ。  しかし、この状況、ダウンした場面での笑顔は用意していなかった。これではプロ中のプロとは言えないなと思った。こんな時にそんなことを考えている自分がおかしくて、自然と笑えてきた。どんな笑顔だか俯瞰で見てみたかった。レフェリーはカウントを続けていた。そろそろ立ち上がってみようかというところで、真っ暗になった。  目が覚めると、俺は家のなかを忙しく歩き回っていた。  忙しく歩き回っているもう一人の俺を目にした、ということだ。  俺はなにかを探しているようだった。クローゼットのなかを荒らし、床下の貯蔵庫を引っかき回し、テレビ台の裏側を調べても探し物は見つからず、怒りにまかせてダイニングテーブルをひっくり返した。     
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