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 財務省の定期異動は七月で、宝来智巳(ほうらいともき)は都内の税務署から東京国税局査察調査部へと配属が変わり、半年が経過した。  査察部は通称マルサと言われ、宝来が生まれる前に映画化されて話題になったらしいので年輩者にはそう言えば通じるが、若年層には知られていないため説明に困る。  警察のようでいて、警察ではない。脱税者を調査、摘発している。特捜部、ああそれは地検だから違う。あっちは政治家や官僚、大企業などの汚職や収賄や脱税などの国家的かつ大規模事件を取り扱う。  じゃあ国税査察部は何かというと、脱税に特化している。対象は警察や特捜部と同じだから調査が被ることもある。  そうすると先に立件した者勝ちになるわけで、つまりはお互い競い合っている。警察も特捜も国税も。  無駄じゃないかって? それはどの機関の人間も思っていて、でも大きな権力に立ち向かうためにはひとつの組織によって偏らないようにしているんじゃないかな。  そんな風に説明すると、大概の人間はわかったようなわからないような顔をしている。 「宝来、住吉商事の件は調査終了だ」  大量の告発文がどかっと長机に平積みして置かれ、それを仕分けしているとそこへやってきた波瀬(はせ)が淡々と告げてきたので、えっ、と手を止める。
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