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「陽介、ちょっと店の中に入ってて」
「りょーかい」
横断歩道を渡ってくる姉は、黒い影を腕に抱いたまま。
陽介はすぐに店の中へ引っ込んだ。それを認めて、僕は息を吸い込む。
「ちょっと、なんで手振り返してくんないのさー、ねぇ?」
文句を言い、黒い影に話しかける。
黒く蠢く、ぐじゃぐじゃと糸が絡んだような物体……それが元は何であるのか僕の目は映してくれない。一歩ずつ、姉から遠のいてみる。そして、距離を空けて僕は言った。
「姉ちゃん、それ、駄目なやつだよ」
「え?」
「黒い影。それ……多分、父さんが言ってたやつだと思う」
僕の言葉に、姉は笑顔のままで固まった。それからゆっくりと目を伏せていく。
「……そっか。君、こんなに可愛い犬なのに……可哀想に」
黒い影に向かって、彼女は小さく切なげに言った。
僕の目が姉と同じだったら愛くるしい小型犬に視えていたんだろうか。分からない。
僕の言葉によって、黒い影は更に大きく濃くなっていった。あれに触れるのは嫌だ、と肌がビリビリと痺れて警告を促している。
「この子、どうしよっか」
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