第1章

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      イーストウィンド      藤 達哉  NBSのスタジオではワイドショーが進行中だった。 「アランさん、今回の多摩川の河川敷でおきた殺人事件についてどう思われますか、主犯の少年は中学二年で、殺された犠牲者は中学一年だそうですが」 司会の天木が訊いた。 「そうですね、あんな少年が友達を殺すなんて、びっくりしたんですけど」 アメリカ人のアラン・カークはいつもどおりの大袈裟な笑顔をつくり、こなれた日本語で応えた。 「彼に手を貸した三人の仲間は同級生だそうです。警察の発表では、三人で中学一年の少年に殴る蹴るの暴行をくわえたうえで最後はナイフで刺し殺した、ということです」 「まったく酷い話ですね、日本でこういう事件がおきるなんて本当に信じられませんよ」 彼はまた笑みを見せた。 「先生は、ご専門の精神医学から見てどう思われますか」 天木は出席者の大学教授の野上に話を振った。 「なんと言いますか、少年が集団で少年をリンチで殺すなんて、私にはまったく理解できませんな」 硬そうな白髪をきっちりと撫でつけた野上は表情も変えずに応えた。 彼は国立大学を定年で退官後、私立医科大学に勤務していた。 「ご専門の立場からのご意見をお伺いしたいのですが」 天木は言葉を継いだ。 「いやー、こんなケースは初めてでさっぱり解りませんな」 教授はかるく嘯いた。 《まったくこの男はなにを考えているんだ、犯罪者の心理分析が専門だと自分から売り込んできたくせに、この態度はなんだ。本当にこれで大学教授が務まっているんだろうか》 天木は腹立たしく感じながら、野上を睨んだ。 「まあ、日本ではこんな事件は珍しいから、いきなり分析といっても難しいでしょう」 アランがいつもの笑顔で、その場を取り持つように言葉をはさんだ。  その後、事件の解明につながる建設的な意見もなく、中途半端な形で番組は終わった。 アランはスタジオを出るとテレビ局の駐車場に向かった。彼は停めてあったマセラティ・クアトロポルテのステアリングを握り、軽やかなエンジンの響きとともに夜の街を目指した。 白のマセラティはネオンサインの海を疾走し、六本木のバー、グレイプヴァインに着いた。 彼がチャイムを押すと、重厚なドアが開けられボーイが姿を現した。 「アラン様、いらっしゃいませ」 「やあ」
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