1人が本棚に入れています
本棚に追加
二杯目をちびちびと傾けていると、親爺が傍に来て声を掛けた。親爺は五十路ほどで、背の低い細身の男だった。深い皺と鋭い眼光は、哀愁と翳りが見える。
「何だい?」
仏弥は顔を上げた。
「かなり使い込んでいますね」
親爺が、仏弥の佩刀を一瞥して言った。
大刀は、二尺三寸余の醍醐院鳳至。脇差は、一尺四寸の乃南信平。二刀とも希少な銘刀である。
「判るかい?」
「氣というものですかね。板場にいても、二刀が放つ氣が私を圧すのですよ」
「親爺、元は侍か?」
「以前は。故あって、刀は棄てましたがね」
「へぇ。ま、珍しい話ではないが」
仏弥は猪口を口に運んだ。今のご時世、侍は儲からない。刀を放り投げ町人になる侍は少なくないのだ。
「親爺、そこに座りな」
仏弥はそう言って、向かいの席を顎でしゃくった。この親爺と、もう少し話をしたい。そんな気分になっている。
「飲んでいいぜ」
仏弥が徳利を差し出すと、親爺は軽く頭を下げて酌を受けた。
「あとは手酌で行こうぜ」
親爺が、あるかないかの笑みを見せた。
「お客さんは御浪人で?」
着流しに、総髪。どこからどう見ても浪人である。
「ああ。〔やっとう稼ぎ〕をしている」
そう言うと、親爺は得心したように頷いた。
〔やっとう稼ぎ〕
最初のコメントを投稿しよう!