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「黒鬼権之助の事か」
「ご存知ですか?」
「まぁね」
煙い香りが辺りに漂う。味は何処か酸味がある。刻み煙草は、仙草町の煙草屋〔孫市〕で購ったものだ。この煙草は、隈蘇(肥後)の産だという。九州の隈蘇は、煙草の有名な産地である。
「稼ぎ人の間で〔黒鬼権之助〕を知らない奴はモグリだね」
権之助は、身に付ける全てのものを、黒で揃えていた。それが渾名の由来となり、〔黒鬼権之助〕と呼ばれ、罪人にとって畏怖の対象だった。
「お客さんを見ていると弟を思い出しましてね」
「そうかい」
煙を吐きながら、仏弥は苦笑した。
「それはありがてぇな」
仏弥も、〔やっとう稼ぎ〕になれば、上下の着物のみならず、手甲脚絆に至るまで、その全てを黒で統一するのだ。今は気儘な着流し姿だが、それもまた黒である。
「黒鬼を意識しているわけじゃねぇが、黒は返り血を浴びても目立たなくて都合がいい」
「弟も同じ事を申していました」
「その弟さんをはどうなったんだい? 最近じゃ名を聞かねぇが」
そう訊くと、親爺は目を伏せた。
「死んじまいました。仕事でしくじりましてね。もう十年になりますか」
「そいつは悪い事を訊いたな」
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