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「…いや、いい。さすがに今は、そんな気分でもないしな」
「閨の中でしたら、痴漢行為に及んだとしても、誰に咎められることもありませんよ?」
「だから、そんなんじゃないと言っているだろう……というか、おまえほど主人の言葉を信用しない側近というのも、どうなんだろうな……」
「それもこれもすべて、殿下の日頃の行いが悪すぎる所為でしょう」
「失礼だな! その言い方は、そう日頃から私が痴漢行為ばかり好んで働いているみたいじゃないか」
「それに近いことは、いつもやっていらっしゃるでしょう。――閨の中で」
「…見てきたかのように言うのだな」
「そりゃ見てはいませんけど。それでも、そこそこ聞こえてきてはいますからね、あっちこっちから色々と」
――ああ、もう……これだからコイツはー……!!
それほどまでに自分のことを何でも知り尽くしてくれやがっている側近相手には、何をどう言おうと、分が悪いのはこちらである。
もはや反論は諦めて、「とにかく」と、早々に話題を切り替えることにした。
「もうしばらくは引き籠って、狸ジジイに当て付けてやるつもりだから。仕事の方は、適当に頼む。どうしても急ぎのものがあれば、こちらへ回してくれ」
「わかりました」
そうしてカシムが「痴漢は犯罪ですよ」と余計なひとことを言い置いて、扉の向こうへと去ってから。
改めて、寝息を立てているアリーシアを見つめた。
掛布の上からでもわかる、どこまでもまろみと膨らみに乏しい、薄っぺらい身体―――。
――間違いない、これは男だ。
これは、父であるティアトリード侯爵ですら知らぬ事実だ。
知っているはずがない。知っていれば、そもそもアリーシアを側妃に献上しようなどと考えるはずもないだろう。
ならば逃げ出したのも頷ける。
逃げるしか他に道は無かっただろう。閨に入れば、男であるとバレてしまうのだから。
では、この男は、アリーシアの替え玉か、それとも、アリーシア当人なのか、そもそも、どんな事情があって、ここへ来たのか―――。
だから私は、彼が目を覚ますのを、その場で辛抱強く待った。
そして、ようやっと目を覚ました彼に向かい、尋ねたのだ。
「男である其方が、なぜここに来た? ――其方は誰なのだ、アリーシア?」
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