君は鏡なんか見ないと言ったけど

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 冷静にあしらわれた。  まだ俯いたままの秘に素直に従い、鏡の中で後ろを向く男は、そのまま話し続ける。鏡の中で、だ。その鏡に秘は映らない。 「おれさ、鏡とか窓にしかいられないじゃん?」 「そうだね~」 「こっから出られないわけよ」 「うんうん」 「ひめちゃんさ、寝る時カーテン開けてくれない?」 「いや」  鏡の中の男に、顔を洗いながらしょっぱい返事をする秘は、男の願いを即答で拒否する。 「寝顔」 「いや」  最後まで言わせずに拒否する。先が読めるのだろう。 「もっと会わせてよ~」 「だいたい鏡に自分が映らないことの不便さがわかる?」  駄々をこねる男に、ピシりと指を押し付ける。その指先に血が集まるくらい、強めに。といっても鏡に押し付けるだけだから、鏡が濡れただけだ。 「いや、それはこっちもだよー」  そう、男の方も鏡に映らないのだ。しかし気にしている様子もなく、秘はそこも気に入らないみたいだ。 「光(こう)君はただのチャラい人だから役得でしょうけど。私にはメリットがないじゃん」 「うわぁだいぶ嫌いだね……」 「そうね」  男の名は光(こう)らしい。互いに名前は知っているようで、相手を呼ぶときは光君、ひめちゃんと呼びあっている。 「でもさ、俺ひめちゃん好きだよ?」 「会えないのに? それでいいの? どうやって会うの?」 「質問攻めだね。会うのは、こうやってさ」  鏡の中で振り返る光に、秘は無表情で言う。 「これは会ってるって言わない。見えてるだけ」 「あ、そこ寝癖残ってるよ」 「見るなっ」  と、鏡に水をかける。毎朝洗面所の掃除が大変だ。 「へぇい」 「鏡の中にしかいられないんだから、好きになられても困るだけ。じゃあね」 「ひめちゃんいじわるぅ~」  鏡の中に光を残して、出かける準備をする。今日は先輩の高守(たかがみ)と出かける予定があるのだ。高守(たかがみ)は秘が懐いている先輩で、最近は受験勉強を見てもらうことも多い。  高校の先輩というだけでなく、大学受験の先輩でもあるのだ。 ☆ 「おはよう秘」 「高守先輩、おはようございます」 「先にお花を積ませていただきまーす」 「はい、どーぞー」  先に駅についていたのは高守だった。彼女は秘が到着するのを待ってからトイレに行こうと思っていたのだろう。  一人、駅前で待つ秘に声がかかった。
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