第一章 相対取引(あいたいとりひき)

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「わ、わかってます」  ひとみさんが微笑む。私はうつむいて、マグカップのコーヒーを飲んだ。すっかり冷めている。 「今日はお休みなんですか? いつもスーツを着ていましたよね」 「仕事は辞めたよ。二ヶ月前くらいかな……」  私は驚いて、ひとみさんをじっと見てしまった。 「お金のことなら心配ないよ。君が今のコンビニで一日八時間、年間二百五十日働いて、百二十年かけて稼ぐくらいはあるから」   私は計算をあきらめた。 「ひとみさんは何のお仕事していたんですか?」 「それも気になる?」  頷く。 「株屋だったんだけどね」 「かぶや?」 「証券マンね」 「はあ、わかりました」  スーツを着ていた頃のひとみさんはいつも不機嫌そうだったから、きっと大変な仕事なんだと思う。 「去年、親が相次いで亡くなってさ。兄弟もいないから一人で相続して、お金を使う気がないから株やFXで運用しようと思って預けたらものすごく増えちゃってさ。せっかくだから使おうと思って会社を辞めたの。仕事してたら、忙しくって使う暇がないからね。減ってきたらまた働くつもり。はやく使っちゃわないと、再就職がどんどん厳しくなるんだよね」
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