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「わ、わかってます」
ひとみさんが微笑む。私はうつむいて、マグカップのコーヒーを飲んだ。すっかり冷めている。
「今日はお休みなんですか? いつもスーツを着ていましたよね」
「仕事は辞めたよ。二ヶ月前くらいかな……」
私は驚いて、ひとみさんをじっと見てしまった。
「お金のことなら心配ないよ。君が今のコンビニで一日八時間、年間二百五十日働いて、百二十年かけて稼ぐくらいはあるから」
私は計算をあきらめた。
「ひとみさんは何のお仕事していたんですか?」
「それも気になる?」
頷く。
「株屋だったんだけどね」
「かぶや?」
「証券マンね」
「はあ、わかりました」
スーツを着ていた頃のひとみさんはいつも不機嫌そうだったから、きっと大変な仕事なんだと思う。
「去年、親が相次いで亡くなってさ。兄弟もいないから一人で相続して、お金を使う気がないから株やFXで運用しようと思って預けたらものすごく増えちゃってさ。せっかくだから使おうと思って会社を辞めたの。仕事してたら、忙しくって使う暇がないからね。減ってきたらまた働くつもり。はやく使っちゃわないと、再就職がどんどん厳しくなるんだよね」
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