第一章 相対取引(あいたいとりひき)

2/28
652人が本棚に入れています
本棚に追加
/241ページ
 私のシフトは早朝六時から九時までの三時間だ。週三日か四日入っている。  通勤途中の人で忙しい時間もあるけれど、七時過ぎまでは品出しと準備作業が続く。  消費期限の三時間前から、商品の引き上げをする。お弁当類の棚をチェックして、買い物かごの中に次々と入れていく。今日は売れ残りが多く、すぐにいっぱいになった。  スーパーなら値引きして売りさばくかもしれないが、コンビニでは基本全て廃棄処分にする。  ルール上、従業員が持ち帰ることもできない。  お客さんの少ない時をみて、鍵付きの大型コンテナに捨てに行く。  おにぎりもお弁当も、まだ食べられるのにと思いながら、捨てる。  そのたびに私は、辞めたくなるのだ。  先月、二十歳になった。顔が幼いから、全く大人になった感じはしない。  欲しいものがあるので早朝のバイトはやめ、少し割のいい夜のバイトにかえようかと思い始めていた。  よく大学の講義で一緒になる子が「全然平気だよ」と言っていた。  時間給が高すぎる店は「エッチなサービスを要求されちゃうよ」とアドバイスしていた。  あと三十分もすれば上がる時間だ。レジのピークも過ぎた。外に置いてある、ソフトクリーム型の看板の電源を落としに行く。  店内に戻り雑誌の乱れをなおす。イヤらしい雑誌のコーナーには、この時間決まって眼鏡をかけたおじさんがいる。店に来る人はだいたい同じで、毎日ほとんど変化がない。そろそろ潮時だと思う。  少し列ができたのでレジに入った。  名札の裏のバーコードをレジに読み込ませ、プレートをどける。 「お次でお待ちの方どうぞ」と言って顔をあげた。前に立っている人をみて、私は目を見開いた。  髪も短くなっているし服装もスーツではなくラフな感じで、数ヶ月前とは全く違う。それでも、ベートーヴェンさんだった。
/241ページ

最初のコメントを投稿しよう!