第一章 相対取引(あいたいとりひき)

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「そうなんですか」  人見さんはくすりと笑った。 「家がいくらくらいして、ローンの金利負担がどのくらいでとか、何にもわかんないんでしょう」 「すみません」  恥ずかしくなってうつむいた。 「いいなあ、僕にもそういう時期あったなあ。ローンを返さないのは、ちょっと税金を節約できるからなんだ。せこいでしょう。払う金利より控除される額が大きいって、いい時代」  人見さんの言うことは難しい。 「律と話してると、自分まで純粋になれそう」  コンビニの前にたどり着いた。 「あっ」  辺りが暗いのに、ソフトクリーム型の看板にスイッチが入っていない。  店内はすいているから、忘れているのだろう。  指摘しにいくのも面倒なので、近づいていって、コンセントを差し込んだ。  クリーム部分がまぶしい。 「自動じゃないんだね」  人見さんは楽しそうだ。  店の外で、たばこを吸っている人がいて、煙が漂ってきた。  吸い込まないように、手で口元をおさえた。 「たばこ、苦手?」 「のどに良くないから、吸い込まないように気をつけてます」 「それで? たばこをやめたって僕が言ったとき、すごく嬉しそうな顔したよね」 「すみません。失礼なことをしてしまって」  人見さんは「別に失礼じゃないよ」と言った。 「僕さ、禁煙にチャレンジして失敗を繰り返してきたんだよね。だから、今回は、結構大きな願掛けして、頑張ってる」  頑張ってるって響きが、なんだかかわいく思えて、そして、そう感じた自分が恥ずかしくなってうつむいた。
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