第一章 相対取引(あいたいとりひき)

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 駅について、人見さんは路線図を見上げている。 「画材買いに行くには、少し遅くなったから、食事だけにしようか」 「はい」 「なにか食べたいものある?」 「とくには……」 人見さんが私の方をみたのがわかった。私も人見さんをみる。 「体調悪いの?」  私は「いいえ」と返した。単に胸がいっぱいだからとは言えない。 「体調が悪いときは、遠慮なく言ってね」  頷いた。 「律ってお酒飲める方?」 「実は、まだ飲んでないのでわかりません」 「まじめなんだ」 「母も……あ……の……父も家で飲まないですし、コンパに誘われても行ったことがないですし、サークルは入らなかったので……」  段々恥ずかしくなってきた。これではものすごく根暗みたいだ。  実際、人と関わりを持ちたい方ではない。  唯一仲の良い美佐子はバイトに追われていて、学校以外で会うことはない。 「ねえ、焼き鳥屋って行ったことある?」 「ありません」 「そっかそっか」  人見さんはそう言うと、切符を買って一枚渡してくれた。 「せっかくおしゃれしてくれたけど、焼き鳥屋に行きたくなったから付き合って」  笑顔で頷く。 「絵も描くけど、同時進行で律の初めて集めすることにした」 「は、初めて集めですか?」  首をかしげると、人見さんは私の頭にポンと手のひらをのせた。 「心配しないで、公序良俗に反することはしないから」  つけ加えた意味がわかって、私は顔が熱くなった。  人見さんが声を出して笑った。 「律、本当にかわいいなあ」
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