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人見さんと降りた駅はオフィス街だった。
高層ビルに並ぶほとんどの窓に明かりがついている。
「辞める前は、この時間まだ外にいたかな」
七時もまわって、真っ暗なのに大変だ。
「終値(おわりね)出た時点で帰れたら楽だったのにな」
人見さんは私を見ずにそう言った。多分、独り言だと思った。
「マーケット分析は好きだったけどね」
人見さんは私を見た。
「早く食べて帰ろう」
何もかもが物珍しい。タクシーがこんなにたくさん走っているのを見たことがなかった。
「いろんなタクシーがあるんですね」
「そういう風に考えたことなかったな」
すぐに焼き鳥屋が見えた。
お店の外に漏れ出した香りだけで、空腹を感じ始めた。
考えたら、昼食をとっていなかった。
暖簾をくぐって店に入る。中には、女の人が多かった。おじさんが行くお店と思い込んでいた。タレの香りが充満していて、私は唾を飲み込んだ。
「カウンターで良いよね」
「はい」
人見さんについて行って同じようにする。
目の前で、焼いている。水分が蒸発する音まで美味しそうだ。うっすらと煙が上がる。私は焼いている人の手元にみとれた。
人見さんが「適当に頼むね」と言った。頷いた。
しばらくしたら、同じ歳くらいの女の子が飲み物を運んできた。
ビールジョッキに白い液体と氷が入っている。人見さんはビールを頼んだようだ。
「それじゃあ、契約成立を祝って乾杯」
グラスの当たる音と、氷が揺れる音が綺麗だった。
ひと口飲む。人見さんを見た。
「飲みやすいでしょう」
カルピスの味の奥にかすかな苦みがあるだけで、美味しかった。
焼き鳥もとても美味しかった。
私は店を出る頃には、フワフワの良い気分を味わっていた。夜の冷たい空気が頬に当たって気持ちがいい。
「人見さん」
名前を呼んでみる。
「何?」
「人見さーん」
「一杯で酔っ払った?」
これが酔っ払うという感覚なのか。酔っているんなら言っても大丈夫かと思った。
「ずーっと、人見さんが来てくれるの待ってました」
「え?」
「だから今日はすごく嬉しかったです」
大きく手を広げて夜の空気を吸い込む。私は立ち止まる。
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