第一章 相対取引(あいたいとりひき)

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「髪型は前の方が好きでした」 「心機一転、丸刈りにしたのが伸びてきたんだけど、戻そうか?」 「やった」   私はガッツポーズをしてみせた。 「なんか、酔うとよく喋るね」  人見さんが笑う。その後ろで街灯やネオンがきらめいている。 目を閉じてみる。 「名前を知らない頃、私、人見さんのことベートーヴェンさんって呼んでました。いっつも顰めっ面で……」   目を閉じたまま歩き始めると、グラグラと揺れて楽しかった。 「そういう印象持ってて、どうして待っててくれたのか不思議」 「なんだか、苦悩してる感じでいいなあって」 「律って、変わってるなあ」 「でも、優しい人見さんの方が」  何かに足を取られてバランスを崩す。人見さんは腕を支えてくれた。 「優しい僕が何?」 「何て言おうとしたのか忘れました」  人見さんの腕につかまっている。たまらなく恥ずかしくなった。動悸が激しい。私は呼吸を整える。 「律、お酒弱そうだから、飲みに行くとき気をつけるんだよ」   優しく背中をさすってくれる。余計に苦しくなってしまう。 「ごめんね、無理に飲ませて」 「あの、お酒は楽しいだけで、なんともないんです」 「やっぱり体調悪かった?」   私は頭を横にふった。     
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