第二章 バスケット取引

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 しばらくして人見さんは起き上がった。少し外を歩こうと言った。海が近いせいかここも風が強い。 「さっきよりましだけど、寒いね」  人見さんは、コートの襟をたてて、首をすくめた。 「そうですね」 「余裕ある感じ。若いからかな」  人見さんは楽しそうに笑う。 「後二十分もすれば、オープンするけど並ぶのもなあ。外は寒いしなあ」  結局車に戻った。 「寒さに耐えられなくってごめんね」  謝られる。 「律は、どこか行きたいところある?」 「今ですか?」 「今じゃなくても、休みの日でも、車でないと行けないところだとか。まだ、連れて行ってあげられる。今ならイメージを膨らませたいから、こうやって活動するのもかまわないんだけど、決めたらもうずっと室内作業になるからさ」  私は、少し考えてみる。 「遠くてもいいんですか?」 「ほどほどならかまわないよ」 「人見さんが……」  一緒ならどこでもいいと言いたかった。 「行きたい場所に連れて行ってください」  人見さんが真剣な目をして私をみた。 「行きたいところばかりで、決められない……」  怒ったのかと思うくらい顔をゆがめた。ハンドルに額をつけて考え込む。しばらく顔をあげなかった。  エンジンがとまった。運転席のドアが開くと冷たい空気が一気に流れ込んできた。  私は軽く身震いをする。 「もう、店が開く時間だから行こう。行きたい場所は一人で考えておく」  背を向けたまま言った。  私も慌てて外へ出る。早足で行ってしまう人見さんを追いかける。人見さんは一度振り向くと、リモコンで鍵を閉めた。  すごい勢いで歩くから、必死でついて行く。 「後三ヶ月で約二千百六十時間、これから五百四十時間以上が睡眠にあてられて、残った時間の三分の一を律と過ごせるとしたら、五百四十時間しかない。二百七十万円しか使えない」  人見さんは振り向かずにそう言った。突然立ち止まった。私は人見さんの背中にぶつかった。 「時給倍にしてもいい?」
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