第二章 バスケット取引

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「それは困ります」 「やっぱり断られるかあ」  人見さんはまた歩き始めた。港は広いから、なかなか家具のエリアにたどり着かない。 「乙に不利益でない時給変更は自由にできるものとするっていれておけば良かった。三倍にしたって、一千万にもならない」  人見さんの金銭感覚は一体どうなっているんだろう。私は何も言えずに話をきいていた。 「高い椅子買ったってしれてる。有意義にお金を使うのは難しいもんだな。使うだけならギャンブルと女につぎ込めば簡単なんだけど、ギャンブルは下手すると増えちゃうし、女につぎ込んで、その金をホストに貢がれてって循環を想像すると、やめとこうかって……」  私は、思わず人見さんの袖をつかんだ。 「じ、時間を、増やしてください…」 「本当にいいの?」  私は頷いた。 「計算のもとになってる数字わかってないでしょう。最初ので、一日六時間なんだよ」  私は人見さんの袖を掴む手にさらに力をこめる。 「それでもいいです」  人見さんは歩き始めた。私は袖を放すタイミングを失ってそのままでついて行く。 「時間の長さの感じ方はね、年齢によって違うんだよ。若ければ若いほど、時間は長く感じる」 「そうなんですか?」 「同じ一年でもね、一歳の子にしたら、一分の一だし、八十歳の人からしたら、八十分の一なんだからさ。今までの人生における割合が違うんだよ。まだまだたくさんの選択肢があって、可能性の広がっている律と、ある程度先の見えている僕と……同じはずもないしね。僕にはどうってことのない長さが、律には苦痛になるかもしれないよ」  人見さんと過ごす時間が苦痛になるはずがない。 「全然平気です」 「自分の持っている時間の価値がわからないのが若さなんだと思うから。悪いけど遠慮はしないよ」  やっと家具のエリアにたどり着く。オープン直後から、家族連れやカップルで賑わっている。  ダイニングテーブルや、洋服ダンスまでいろいろな種類の家具が並んでいる。デザインや色、素材まで様々で、この中から何かを選ぶのは大変そうだと思った。  案内係の人にたずねて椅子のコーナーへと向かう。  一言で椅子と行っても、揺り椅子や、背もたれのないものまであった。 「律には、ナチュラルな色の方が似合いそうだよね。後は座り心地で選んだら?」  次々椅子に座って選ぶことになった。
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