第二章 バスケット取引

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「いろいろありすぎて、迷いますね」 「選択肢は多ければ多いほど良いわけではないってことかな……いやいや、それは違うな。多いほうが良いに決まってる。決められない側の能力に問題があるんだ」  人見さんが顎に拳を当てて考え込む姿が素敵で、じっとみてしまう。 「二手に別れてまず絞り込もう。十五分後にここで」  絵を描く都合上、ナチュラルなと言っていたけれど、一人になってからは、イタリアン家具やモダンなものにも座っていった。  ヨーロッパのお城にありそうな椅子もあって、優雅な気分になる。高くて、自分では買えないものばかりだ。  私がほぼ遊んでいる間に、時間は過ぎたようで、人見さんは戻ってきた。 「意外なものが気に入ってるんだね」  私がヨーロピアンアンティーク調の椅子に座っていたから、そう言われた。 「僕はもう決めたから、座り心地を試しに来て」  着いて行く。  人見さんの選んだ椅子は、大きな木の切り株が座りやすいようにくり抜いてあるものだった。 「樹齢数百年の杉を加工してあるって」  木の皮は背面に残してあるけれど、年輪の刻まれた柔らかな肌が優しい曲線で削り出されている。 「見た瞬間、この椅子になりたいって思った……」 「椅子に?」 「そう、椅子に……」 「素敵ですね」  人見さんは私をみつめる。 「笑われるかと思った」  首をかしげる。 「私もよく……」  言いかけて、恥ずかしくなった。人見さんにはまだ話していない。 「何?」 「ぎ、ギターになりたいって、思います」 「なにか楽器をしてるんだろうなと思ってたけど、ギターなんだ。へえ、今度聴かせてね」  私はうつむく。人見さんの前で、巧く弾けるかわからない。  促されて椅子に座る。肘掛けになった部分の丸みが、優しく体を包む。ものすごく、安心できる不思議な椅子だった。 「見た目ほど重くないって言ってたよ。中身は結構くりぬいてあるんだって」  私は椅子の横にあるプレートの文字を見て驚いた。慌てて立ち上がった。 「こ、この椅子、ものすごく高いじゃないですか!」 「高い?」  桁が一つ違う。 「一応、交渉はしてみるよ。だけど、高くないでしょう。こんな椅子どこ探したってないよ。だいたい樹齢一年につき一万円は、妥当なんじゃない? 樹齢四十年のものに四十万出すって言ってるんじゃないけどさ」
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