第二章 バスケット取引

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 人見さんの言うことは、いつでも正しいような気はするけれど、たとえ正しくても私が共感できるものではなかった。私には、人見さんの思う価値ある素晴らしいものを手に入れる力はない。 「座り心地は気に入った?」  頷く。 「わかった。値段は気にしないで。僕が僕のものを買うだけなんだからさ」  人見さんは店員を呼んだ。 「いい経験になると思うから、横でみておいて」  スタッフジャンパーを着た店員は、人見さんがその椅子の購入意思を伝えると慌てた様子で別の人を呼びに行った。どこからか、スーツ姿の偉そうな人が出てきて人見さんに深く頭を下げた。店員に指示を出して、椅子を布で覆わせ横にあった値札を外させている。  人見さんの影に隠れるようにして様子をみていた。  すぐに、レジの横にあるテーブルではなく端にある応接室へ通された。 「ここの人たち、意外にちゃんとしてるね」  人見さんは耳打ちしてきた。私はわからなくて、首をかしげる。 「僕や、特に律みたいな年齢で、本当に買えるのか疑いの目で見るものでしょう」  店の人が書類を用意している。 「疑いつつも、顔に出さないのはプロだよね」  疑われているんだと思った。  人見さんは、スーツを着た女性店員から、商品に関する説明を受けた。いつ頃製造された物かなど人見さんからも質問をしていた。値段交渉をすると言っていた通り、何度かのすりあわせののち、表示価格より二十パーセント値引いてもらい配送料までただにしてもらっていた。人見さんは書類にサインをした。 「月曜日に振り込みます」  そう告げた。  家具屋を出て、アウトレットモールへ向かうことになった。 「本当は、もっと値引いてもらえたと思うんだけど、なんだか粘るのが嫌だったんだ。あの椅子に失礼かなと思って……」  満足げに笑っているので、私まで嬉しくなった。
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