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ベートーヴェンさんは店の前に貼り出されている求人ポスターを指さして、「君、時給八百五十円なんだろ」といった。
「はあ」
私は、なんと返したらいいのかわからなかった。
ベートーヴェンさんは私の目の前に手のひらを出した。
大きな手に驚いて、身を引いた。
「その五倍出すから、絵のモデルになってくれない?」
私は動けずに、手を見ていた。
突然、目の前のものが手から顔にかわった。息をのみこむ。
「僕はひとみやすひこ、君は、ささはら何?」
「り、りつです」
「りつ?」
「旋律のりつ」
ベートーヴェンさんの名字がひとみだなんて、似合わない。
「お待ちしてますので、またお越しくださいね」
頭を下げて、立ち去ろうとすると、腕をつかまれた。
「さっきのこたえ、まだ聞いてないよ」
私は首をかしげた。
「君は大学生?」
「そうです」
「じゃあ、講義の時間と睡眠時間以外全部買うから、絵のモデルになって」
よくわからなくて、笑顔をかえす。
「友達と遊びたいときは、前もって申請してくれればいいよ」
「ひょっとして本気で言ってますか?」
「冗談でこんなこと言うわけないでしょうが」
「私、無理です」
きっと、あやしいバイトだと思った。
せっかくお話ができて嬉しかったのに残念だった。
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