第一章 相対取引(あいたいとりひき)

8/28

653人が本棚に入れています
本棚に追加
/241ページ
「お金が欲しいなんて言ってません」  まじめな顔で私をみつめた。 「君はなんで、バイトをしてるの? 講義は昼からの日でも早起きして、はいらないといけないんだよね。学費のため?」  私は頭を横に振った。生活費も、十分な仕送りをしてもらっている。 「欲しいものがあるからですけど……」  子供っぽい理由で、恥ずかしくなった。 「何が欲しいの?」 「ぼ、防音室です。組み立て式の……」  ひとみさんが、身を乗り出して、私をのぞき込んだ。 「面白いもの欲しいんだね」  私は頷いた。 「どうして欲しいの?」  恥ずかしくて、こたえなかった。 「まあいいや。それ、買ってあげるから僕の絵のモデルになって」  私は頭を横に振った。 「困ります」  ひとみさんは顔を横に向けて、少しの間考え込んだ。  店員さんが、大きなマグカップに入ったコーヒーと、トーストなどを持ってきた。 「ありがとう」  冷たい声でいう。 「冷めないうちに食べよう」  こちらを向くと人がかわったように優しい声になった。  厚切りのトーストは柔らかくて、サービスでついたにしては量があった。  ひとみさんが、私のことをみているから、居心地が悪くて仕方ない。うつむき加減でもくもくと食べた。  私が食べ終わると話しかけてきた。 「最初から順序だてて考えてみようか」  ゆっくりと頷いた。
/241ページ

最初のコメントを投稿しよう!

653人が本棚に入れています
本棚に追加