1章 容疑者たち

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「川越で奉納演武とかやってるんですよね。ならこれも似たようなものだし。一緒にやりましょうよ。背が高いのも舞台で目立つからいいと思うな。ね、小林さん?」  ルリカが隣にいた事務服の女性、小林敦子に声をかける。敦子は女優ではなく、会計を中心とした事務を専門にしている。 「そうね。高梨君と組んで殺陣のシーンをいくつも入れたら年齢の高い女性から人気が出そう。今回の夢灯路を契機に、時代ものを増やしてもいいかもしれない。衣装も使いまわせるし」 「もう、小林さんったら、すぐコストのこと考えるんだから」 「大事なことでしょう?」  味方を付けたことで常陸は大きくうなずいている。  年齢の高い女性から人気がと言うセリフで、紗川が引きつったように見えたが気のせいだろう。  それよりも、この流れは捜査をするうえでは好ましくない。三枝は不安に思いながら紗川を見上げた。先ほどは、本物の古武術を体験したいと言われて仕方なく対応したのだ。  紗川が断るのは間違いないが、これほど盛り上がってしまうと断った後の空気が悪くなってしまいそうで心配だ。  探偵にとって、容疑者との関係性は重要だ。良好でなければ、重要な情報は引き出せない。  紗川が不本意ながらも孝雄の要求を飲んだのもそれが理由だ。  だが、紗川が断る前に「ちょっと待ってくれ」と別の場所から声が上がった。  対戦に敗れた、孝雄だ。 「やめてください、常陸先生。紗川さんは俺のわがままに付き合ってくれただけです。みんなも迷惑かけんなよ」 「でもな、孝雄。うちでアクションができるのはお前だけなんだ。相手役がいれば、もっとダイナミックな演技ができるだろう?」  紗川をスカウトする流れを作った張本人、忠生の口調は、まるでわがままな子供を諭しているように聞こえる。  無理を言っているのは忠生の方なのだが、本人には自覚がないらしい。  三枝がひっそりと顔をしかめた時、タオルを頭に巻いた男が二人の間に入った。
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