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「え……」
「動機? そんなもの、誰にでもある。人を殺したいと思ったことがない人間は赤ん坊だけだ」
三枝は、紗川の横顔から目を離せなくなった。
本能がこれは恐ろしいものだとささやきかける。
(違う……先生は、俺を見てるわけじゃない)
こんなに冷たい表情の紗川を見るのは初めてだ。
ふと、紗川は分かっていながら、ルリカに話させたのではないかと思った。
「殺意を持たない動物は存在しない。何故なら、生きる為には他者の命を奪い続けなければならないからだ」
「俺は……誰も殺しません」
紗川の真っ黒な目が、三枝をとらえた。
「それは嘘だ。食べる、と言う行為は他の生き物の命を奪う。君はそれを自覚しなければならない」
「……」
「僕も君も、ほかの誰かが殺した、その死体を食べている。たとえ植物であろうと、その事実に変わりはない。人間が勝手に決めた枠組みだ。生きているのであれば、そこに命がある」
「先生は……生きることは罪を犯すことだと言っているんですか?」
殺すことが罪だというなら、生きることも罪だと言っているも同然だ。
食べなければ、生きていけない。
自分の全てが否定されたような気持になった。
ルリカにあてられてしまったのだろうか。
ひどく、不快な気持ちだ。
「……」
紗川が自分を見下ろしている。
(俺は、いつか最高の和菓子を作りたい。三枝製菓をいい店にしたい。食べることが悪いことだなんて、絶対認めない)
罪の意識を感じながら、食べていたら、どんなに美味しい和菓子も泥団子と変わらない。
これだけは絶対に譲らないとにらみ返すと、唐突にその視線が和らいだ。
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